鈴蘭の可憐さよ

人生とはどうでもいいものだ。と言いつつ、私は揺れる。しかし、それもどうでもいい。

楽しいことがあればいい。けれど、疲れるのは御免こうむりたい。

そんなことが私の人生観だ。

何も大層なことを言っているのではない。

私は10代の頃、谷崎潤一郎を好んで読んだ。新潮文庫だったと思うが出版されているものをすべて読み、その言葉が作り出す美しさに酔った。

これはいい。そう思って全集を読み始めた。とてもリアルに重みがあって、本を支える右腕がだるい。内容は、「ちょっと谷崎さん、あんたこれマニアック過ぎますやん」当時Twitterが存在していたら間違いなく呟かずにはいられなかっただろう。

しかしインターネットのない時代だったから、2020年の現代になって、ようやくその思いを吐き出せた。

児童虐待について書いておきたいことがある。

いや、何も無い。

社会問題について何かを言うほど私は大層なものでは御座いません。堪忍してください。

私には夢がある。

吉本ばななと怒鳴り合いの喧嘩がしたい。

ばななに私の精神的欠陥をズタボロに指摘してもらいたい。しかし待てよ、それはもう喧嘩などではないじゃないか。単に純然たるドMでは無いか。参った。1市民である私の願いは届かないものか。願わくは吉本ばななによる罵倒系YouTuberデビューを!!

少し本音を漏らしてしまった。

漏らすといえば、尿漏れパットだ。

そんなことをふと思うこの老境。

ふぅ。首ブリッジをしながら書くのは辛いものだ。本日のマルチビタミンサプリを摂取しておこう。

高校の修学旅行のバス車中にて、「それぞれ趣味を紹介しよっ!」おちゃっぴー風のバスガイドが私を指さす。対人恐怖症大将軍だった私は何も考えず何も空気を読まず、「人間観察です」と言った。

修学旅行のホテルに着いた私は密かにトイレの便器を大便で詰まらせる。同級生達は祭であるかのように盛り上がっていた。穴があったら入りたい心境。